あわにゃん日記

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NATO(北大西洋条約機構)

明日から、大学入試センター試験が始まるらしい。
俺は2浪したので、センター試験は3回受けた。


1回目のセンター試験は、467点/800点で、医学部志望のくせに全国平均を切るという散々たる結果だった。
この時点で、俺の1回目の大学受験は終了した。
一応、願書は地元の広島大学医学部に提出した。
足切りが無い大学だったので受験票は届いたものの、「通るわけないじゃん」と思って、受けに行かなかった。
だはー。


1浪して迎えた、2回目のセンター試験
1浪はあんまり勉強しなかったけど、実力的には580点/800点くらいのところが、運良く635点取れた。
でも、それでも医学部合格には全然足りない点数だった。


足切りは何とか突破できるくらいの点数だったので、2年目にして初めて大学に試験を受けに行った。
前期・宮崎医科大学、後期・高知医科大学を受けたが、結局どちらも不合格。
2浪が決定した。


そして、2浪で迎えた、3回目のセンター試験の1ヶ月前。
俺は河合塾センター試験プレテストを受けた。
すると、その模試の偏差値からコンピュータが割り出したセンター予想得点は、「626点/800点」だった。
国立医学部は、もれなく全てに最低の「E判定」がついていた。
「1浪のときの点より下がってんじゃねーか! これはヤバイ! 永遠に医学部に入れない!」と本気で焦った。


と言うわけで、そこから猛勉強を開始した。
まず、各科目の目標点数を決めた。
そして、それらを全て足すと、710点/800点になった。
「よし、絶対710点取ってやる!」と決意した俺は、それを「ナトー(710)計画」と命名した。


それから1ヶ月は、1日20時間、それこそ死ぬ気で勉強した。
各予備校が出版していたセンター対策問題集を40冊くらい全部買い、全部解いた。
国語や英語が、その問題集を解くうちに時間配分や解き方などのコツをつかんで、飛躍的に上昇した。
最初は600点前後だった点数は、見る見るうちに600点中盤から後半へと伸びていった。


そして、本番2週間前の2002年1月6日、初めて目標点数だった710点を超える、716点/800点を取った。
運の要素も大きかったが、これで一気に自信がついた。
「ナトー計画」の成功が、一気に現実味を帯びてきた。
その後もコンスタントに700点越えを連発し、この頃は勉強が楽しくて仕方なかった。


結局、3回目のセンター試験本番は、680点/800点しか取れなかった。
「ナトー計画」は失敗に終わったわけだけど、俺は満足だった。
「この1ヶ月は誰にも負けないくらい頑張った。それでこの成績なら仕方ない。」と素直に思えた。
その後、前期・後期とも宮崎医科大学に出願し、何とか後期で合格した。(→2005年12月29日の日記参照)


これが、俺のセンター試験の思い出である。
ん?
そのときみたいに、今も死ぬ気で勉強すればって?
ざっけんな!
本気の焦りが無いと、無理だし!
そんなことができたら、2留もしてねえっつーの!


そう言えば、この日記の読者にも、俺が知ってるだけでも大学受験生が何人かいる。
彼らは明日、センター試験を受けるんだろうな。
じゃ、アドバイスでもしておくにゃー。
おっけーおっけー!


まず、鉛筆や消しゴムは、たくさん持って行くといいにゃー。
それから、各試験前は、必ずトイレに行っておくのにゃー。
あと、「数学Ⅰ」と「数学Ⅰ・A」を間違えないようにするのにゃー。
だはー。


ん?
そんなことは、言われなくても分かってる?
・・・ざっけんなー!
こっちだって、他人にアドバイスしてる余裕は無いんだよ!