あわにゃん日記

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貴乃花

辛いときに聴くと元気が出る曲、逆境に立たされたときに観ると勇気が湧く映像がある。
そのうちの一つが、「平成13年大相撲夏場所」の映像だ。
ん?
また相撲かよって?
・・・ざっけんな!
今日を最後に、相撲のことはしばらく書かないから許せよ!


平成13(2001)年、俺の最も好きな「横綱貴乃花」は、度重なる怪我からようやく復活し、初場所(1月)で2年ぶりの優勝を果たした。
そして夏場所(5月)はさらに好調で、初日から万全の内容で13戦全勝。
優勝は間違いないと思われていた。
しかし、14日目に悲劇が起こる。


14日目の大関武双山戦、貴乃花は土俵際で強烈な巻き落としを食らい、右膝半月板を損傷する大怪我を負ってしまう。
その取組後、花道を引き揚げる貴乃花を見て、その怪我がただ事でないことが分かった。
普段、怪我をしても「何ともありません」と決して弱みを見せない男が、苦悶の表情を浮かべ、付き人の肩を借り、足を引きずりながら歩いていたからだ。
それを見て、「こりゃ、もう無理だ。明日の千秋楽は休場だろう。」と思った。


この時点で、貴乃花は13勝1敗となった。
逆転優勝の可能性が残っていたのは、12勝2敗の横綱武蔵丸
そして、千秋楽は両者の直接対決の予定だったので、「貴乃花休場で武蔵丸が不戦勝」→「13勝2敗で二人が並ぶ」→「休場した貴乃花の優勝決定戦棄権で、武蔵丸の逆転優勝」となるはずだった。
しかし・・・。


予想外の事態が起こった。
まともに歩けないほどの大怪我の中、貴乃花が足を引きずりながら千秋楽の土俵に現れたのだ。
「おい、無理するとこじゃねーだろ! ここで無理すれば、もう相撲が取れない身体になっちまうかもしれんだろ!」と思った。
歩くのが精一杯な状況で、相撲を取るなんて・・・それも相手は横綱武蔵丸なんて、無理に決まっている。


案の定、本割の武蔵丸戦は、見ていられない程のひどい内容だった。
立ち合い、武蔵丸が軽くいなすと、足に力の入らない貴乃花は、すぐに土俵に倒れ込んだ。
横綱同士の対戦とは思えない、まるで大人と子どもの力の差だった。
横綱の責任を感じ、千秋楽の土俵に上がったのは立派だが、痛々し過ぎた。
貴乃花ファンとしては、「今場所は優勝できなくても、怪我を治してからまた優勝すればいいじゃないか。今からでも遅くないから、優勝決定戦は棄権して欲しい。」と思った。
このとき、師匠である父・二子山親方からも「優勝決定戦は棄権しろ」と言われたらしい。


しかし、20分後、武蔵丸との優勝決定戦、再び貴乃花は土俵に上がった。
本割で全く相撲にならなかったのを見ていたので、「勝つのは100%無理。怪我が悪化しないように、あっさり負けて欲しい。」と思っていた。
俺だけじゃなく、貴乃花ファン、大相撲ファンの誰もがそう願っていたと思う。


ところが、優勝決定戦、信じられない光景が待っていた。
貴乃花は立ち合いの突き押しで武蔵丸を土俵際に追い込む!
それを残されて胸が合うと、今度はがむしゃらに上手廻しを取る!
そして、慌てて体制を立て直そうとする武蔵丸の一瞬の隙をつき、土俵中央で強烈な上手投げ!
土俵に転がる武蔵丸の巨体!
・・・そう、貴乃花が勝ったのだ!!


武蔵丸を土俵にねじ伏せた貴乃花は、まるで鬼のような形相だった。
いつも勝っても負けても表情一つ変えないあの貴乃花が、過去21回も優勝しているあの貴乃花が、たった1つの勝利、たった1つの優勝決定で気持ちが爆発し、大きく表情を変えていた。
それだけ、この一戦に貴乃花は自分の力士生命の全てを賭け、並々ならぬ精神状態で闘っていたのだろう。
この貴乃花の奇跡とも言える相撲を観て、俺は初めて相撲で涙した。


この日の表彰式では、当時の小泉純一郎総理が「痛みに耐えてよく頑張った! 感動した!」と感想を述べ、話題となった。
しかし、その感動の代償はあまりに大きく、翌場所から貴乃花は大相撲史上ワースト1位となる7場所連続休場(1年2ヶ月)を余儀なくされる。
それでも膝が元に戻ることは無く、その後は一度も優勝できぬまま平成15年初場所(1月)で引退した。


貴乃花は後に語っている。
「あのとき、『土俵に上がるのはこれが最後になるかもしれないな』と思いました。」と。
しかし、そんな恐怖を抱えつつも、貴乃花は土俵に上がった。
ファンのため、横綱の誇りのため、そして自分の信念のために・・・。
それだけでも素晴らしいのに、貴乃花はボロボロの身体で、もはや精神力だけで、強敵・武蔵丸をねじ伏せたのだった。


俺は、この日の映像を、何度見ても涙が出る。
そして、どんな逆境に立たされているときでも、多大なる勇気をもらえる。
この先、何十年生きたって、きっとこれ以上の相撲を見ることはないだろう。
貴乃花の最後の優勝は、俺の中でいつまでも最高の輝きを放ち続ける。